プロスペクト理論が示す失敗の理由

失敗するようにできている人間の本能

   前のページでは具体的な失敗の理由を列挙しました。そしてそれらに共通するのが、人間が持っているやっかいな本能だと書きました。このページではこの点について詳しく解説します。

   人には、相場に向き合ったときに働くある心理があります。つまり本能です。簡単に言うと「誰でも損失はしたくないので損切りの判断は遅れがち。一方、利益は確実に手に入れたいので早めに決済してしまう」という行動パターンです。これは後述するように、行動経済学で研究され立証されていることなのです。

   こうしたメンタル作用をちゃんと認識して対処できている人は、たとえサイコロを振って売買しても勝つことができると思います。反対に、対処できていない人がどんなに予想の精度を上げる努力をしても、結局は負けてしまうでしょう。ファンダメンタルズテクニカル分析を勉強して、予想するための知識を磨くことももちろん大事です。しかし、メンタルをコントロールできるように鍛錬することは、それと同等かそれ以上に大事なことなのです。

メンタルコントロールに関する研究−プロスペクト理論

   人間の本能と相場に関して確立された学説にプロスペクト理論があります。行動経済学の中心的な理論の一つです。プロスペクト理論(Prospect Theory)は、不確実であったりリスクがあったりする状況で、人はどのように意思決定を行うのか、という論題を説明するものです。ポイントとなるのは、人には「利益は確実に確保したい一方、損失はできることなら回避したい」という心理が働くため、必ずしも合理的な行動をとらない、ということです。もちろんFXにも当てはまります。

1.プロスペクト理論の背景

   ではこのことを実感するために、ちょっとした実験をしてみましょう。次の質問に答えてみてください。

【質問1】貴方の会社は業績が良かったので臨時ボーナスが出ることになりました。AとBの二つのコースがあり、Aを選べば10万円を支給。Bを選べばコインを投げて表なら20万円、裏ならゼロです。あなたはどちらを選びますか?

   確率論でいう期待値はAもBも10万円で同じです。理屈から言うと、この質問を多くの人にすれば、回答はAとBが均衡するはずです。しかし実際の実験では、確実なほうのAが大多数を占めるのです。人は、利益を得られる時、50%の確率で倍になるよりも、100%の確率で確実に手に入れたいものなのです。ではこれを踏まえて次の質問です。

【質問2】友人の連帯保証人になっていた貴方に、借金取りが訪れます。友人は夜逃げしたらしく、代わりに支払わねばなりません。借金の額は10万円ですが、貴方にはAとBの選択肢があるとのこと。Aを選べば半額の5万円、Bを選べばコインを投げて、表が出たらゼロ、裏が出たら全額の10万円を支払う必要があります。今度はどちらを選びますか?

   この質問も、AとBの期待値は同じです。最初の質問から考えると、確実なほうのAを選択する人が多いと思われます。ところが実際には、最初の質問でAを選択した人のほとんどが、今度はギャンブル性の高いBを選択することが実験で分かっているのです。人は、100%の確率で損が減るよりも、50%の確率でも損がゼロになるほうにかけたくなるということです。これらの結果からは、次のことが分かります。

  • 人は目の前に利益があると、利益が手に入らないというリスクの回避を優先する。
  • 人は損失を目の前にすると、損失それ自体を回避しようとする。

2.プロスペクト理論のFXへの応用

   こうした行動パターンから、人の心理は中立的には作用しないということが分かります。本能でバイアスがかかってしまうのです。これはFXでも顕著に見られます。建玉に利が乗ってくると、人はどうしても早めに決裁したくなります。明日は下がるかもしれないという不安心理がいっそう拍車をかけます。一方、損をかかえると、それを確定することには躊躇を覚えます。明日は回復するかもしれないという心理が決断を先延ばしにさせます。しかし理想を言えば、予想が当ればできるだけ利を伸ばし、はずれたら潔く決裁することがFXで勝つための心得です。プロスペクト理論が検証したように、もともと人間の心理はFXを行ううえで損をするほうにバイアスがかかっているということを、常に頭の片隅に置いておきたいものです。

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